東札幌日通輸送株式会社47年の歩み

東札幌日通輸送株式会社は、今年で創立47周年を迎えました。1978年(昭和53年)11月27日、初代社長の長井四郎氏のもと、55名で設立されました。
創立時の1978年(昭和53年)は、第一次オイルショック後の経済回復期でした。しかし、直後に第二次オイルショックが迫り、1979年から1980年にかけて原油供給の不安定化が起こりました。
また、1978年には急速な円高が進行し、一時1ドル=175円台を記録。これは当時の日本経済に大きな影響を与えました。
このような激動の時代に産声を上げた東札幌日通輸送株式会社は、数々の経済変動を乗り越え、今日まで成長を続けています。
東札幌日通輸送株式会社:設立時の背景
- 経済状況: 1970年代は高度経済成長から安定成長へ移行期。1973年の第一次オイルショックが物流業界に大きな影響を与えました。
- 物流業界の課題: トラック輸送需要が増える一方、労働条件の悪化や人手不足が深刻化。労働組合の活動が活発に。
- 日本通運の動き:
- 1975年〜1978年にかけ、労働組合との間で賃上げや労働環境改善などを巡る交渉が活発化。
- 1975年8月13日、本社が「地域日通」設立と希望退職募集を含む合理化計画を提案(約8,000人の人員削減)。
- これに対し、全日通労組は同年9月18日に24時間拠点スト、翌19日には全面ストに突入し、合理化案の白紙撤回を要求しました。
- 設立の意義: 東札幌日通輸送株式会社は、こうした激動の経済・労働環境の中で設立されました。
経緯
・日通東札幌支店(現行の札幌東支店)は貨車の到着及び中継駅として存続していた。
・昭和50年(1975年)、51年と2年連続1億円以上の赤字。
・昭和52年(1977年)度に入り、日通上層部より「合理化せよ」と命令が下る。
・昭和53年(1978年)1月より本格的に合理化に踏み切る事になり。結果、作業会社を設立して、人員を移動させる方向で検討に入った。
その間紆余曲折があったが昭和53年(1978年)11月30日付をもって日通を退職し、別会社(現当社)へ事務員、作業員合わせて55名が移行し現在の当社が昭和53年12月1日付で発足した。

東札幌日通輸送の道のりは険しいものでした。
親会社からの仕事の打ち切りや、昭和53年(1978年)のイラン革命やイラン・イラク戦争などによる原油供給の不安定化(第二次オイルショック)、昭和62年1987年のブラックマンディーによる株価の下落により景気が後退して物流が減りトラック需要が低迷、平成2年(1990年)にはバブル崩壊を経験し、平成20年(2008年)にはリーマンショックなどで雇用が悪化して失業者が増大し、当社も大きな影響を受けました。
※ バブル景気・崩壊=1980年代後半から1990年代初頭にかけて起こった、異常な資産価格の上昇と好景気に沸いた経済現象。
※ リーマンショック=2008年9月15日にアメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻したことをきっかけに、世界的な金融危機が発生した出来事。

社長も長井・石山・青木・阿部と4代交代し、この荒波を乗り越えてきました。第5代社長に大町 勉(現会長)が就任、積極的な営業展開とM&Aにより事業を拡大、さらに関東に支店を出し支店・拠点も増やし、それにつれ人員・規模も拡大しました。
現在当社は、北海道内に7支店・9営業所を構え、関東に配車専門の1拠点を持ち、全国の輸送ネットワークを駆使して、お客様のニーズに合わせた輸送サービスを全国各地に提供しています。支店・拠点>>>>>



東札幌日通輸送のそばにショッピングセンター(ラソラ)、に有るオブジェ。かつて北海道札幌市白石区東札幌(現・菊水7条4丁目)にあった日本国有鉄道(国鉄)千歳線および函館本線(貨物支線)の駅(廃駅)である。1969年(昭和44年)に廃止されるまでは定山渓鉄道定山渓鉄道線の接続駅でもあった。

本社は札幌市中心部の東札幌に位置し、主に事務処理やシステム管理を行っております。
アクセスは地下鉄東札幌駅下車、徒歩約8分。
近くにはコンベンションセンター、ショッピングモールイオン・ラソラ・コメダコーヒーなどが有ます。

営業車は居住環境に配慮するため、札幌市近隣に流通拠点を設け、騒音対策、環境対策など近隣住宅住民へ配慮しています
大町会長 回想録

独立し、さあ仕事という時になり、親会社から突然!仕事は
「自分たちで確保せよ」と言われ、いきなりピンチに至った。
このピンチに全社員が立ち上がり「全員経営」が始まった。
第二次オイルショック時は燃料が高騰してトラックにドラム缶を積んで走ったり(今では違法です)とそんな時代だった。
社長を引き受けた当時、当社は経営難。年間売り上げ22億の所、銀行からの借金が24億も有る状況だった。
こんな状態の会社の経営は、だれも引き受けないと思ったが、一念発起でオーナーとなり経営を引き継いだ。
今思えば無謀な賭けに思えるが、たまたま運が味方したと言えるし、弱音を吐かずあの手この手で乗り切り、無我夢中だった。
そして、社員を信じて、決して尻を叩かない経営をした。
銀行とのやり取りでもこちらの夢と目標、達成する為の緻密な計画、そして揺るぎない熱意、そして実際に達成して来たから現在がある。
無論私に付いてきてくれた従業員全員の汗と・努力の結果だと思う。
| 昭和53.11.27 | 日本通運株式会社の関連会社として設立 初代社長に日本通運株式会社 東札幌支店長、永井四郎氏が就任しました。 |
|---|---|
| 昭和54.07.04 | 一般区域貨物自動車運送事業免許取得(札陸自 第1856号) 通運事業車扱(限定)免許取得(東札幌駅 札陸自 第2101号) |
| 昭和54.12.01 | 自動車運送取扱事業登録 第一種利用運送事業(札陸自 3305号) |
| 昭和59.02.18 | 通運事業コンテナ扱(限定)免許取得(札幌貨物ターミナル駅 札陸自 第93号) |
| 昭和59.03.26 | 自動車運送取扱事業 千歳営業所登録 千歳支店開設 |
| 昭和59.09.18 | 一般区域貨物自動車運送事業・千歳営業所 新設許可(札陸貨 第240号) |
| 昭和60.09.01 | 現業支店開設 |
| 平成02.02.01 | キリンレモン事業所開設 |
| 平成02.12.01 | 物流二法施行に伴い、各事業名が変更となる ・ 一般貨物自動車運送事業(許可) ・ 第1種利用運送事業(許可) ・ 第2種利用運送事業(確認事業、許可) ・ 運送取扱事業(自動車、登録) ・ 運送取扱事業(鉄道、確認事業登録) |
| 平成05.08.01 | 江別支店(旧現業支店)事業開始 |
| 平成07.01.25 | 第2種利用運送事業 許可(運貨復 第20号) 運送取次事業登録(運貨復 第20号の2) |
| 平成07.10.16 | 角山倉庫 倉庫業 許可(第110号)営業開始 |
| 平成08.05.07 | 建設業許可 北海道知事 許可( 般-8) 石第15063号(鋼構造物工事業)(機械器具設置工事業) |
| 平成08.08.07 | 上町倉庫(1号、2号)施設変更許可(第130号) 所在地 札幌市白石区菊水上町4条2丁目136-61 面積 2,277m²(2棟) |
| 平成17.04.01 | 関東支店 開設 |
| 平成17.09.21 | 本社 新築移転 |
| 平成20.03.31 | 有限会社 サクマ運輸の営業権を譲受 |
| 平成20.09.01 | 新上町倉庫(3号倉庫)営業開始 所在地 札幌市白石区菊水上町4条2丁目136-61 面積 1,809m² |
| 平成21.09.01 | 千歳北信濃倉庫 新築落成 営業開始 |
| 平成22.01.05 | 北海道産業廃棄物収集運搬許可取得(更新 許可番号 00100066124号) |
| 平成22.12.22 | 第2種利用運送事業(変更許可)(国政参第360号) 利用運送機関の範囲:内航海運、鉄道 |
| 平成23.03.23 | 八進運輸株式会社をM&A |
| 平成23.06.28 | 栄冠運輸株式会社をM&A |
| 平成23.12.01 | 有限会社大勝をM&A |
| 平成25.09.12 | 本社・江別支店食品部門でISO 22000:2005を取得 |
| 平成26.11.13 | 丸和運輸株式会社をM&A |
